車がなければ田舎では生きていけない

車がなければ田舎では生きていけない

 田舎へ行くと、一軒の家に車が3〜4台あるのが普通にみられます。まるで小さな中古車屋さんです。

 免許証をもっている人数プラス農業用トラック2台(1〜2tの車と軽トラック)は普通の農家ですから。


 昔からある集落の商店はほとんど店じまいをしてしまい、自動販売機が並んでいるだけになってしまいました。

 それにとって変わって車で30分位の町の郊外に、大きな駐車場を完備した大型のショッピングセンターや大型家電量販店、映画館などが集まった複合施設ができました。

 マイカーの普及により、赤字の路線バスは全て廃止になり、買い物にいくにも、年寄りが病院へ行くにも車が必需品になっています。


 隣町の高校に通う高校生は毎日送り迎えが多いし、小中学生も雨が降れば送り迎えです。

 車がなければ一日だって田舎の暮らしは成り立たたないといっても過言ではありません。


 また、車を維持する費用も馬鹿にはなりません。保険、税金、ガソリン代、車検など車両代金とあわせれば相当な額になります。


 月に10万円で暮らせる町や村などあるはずもありません。


 田舎暮らしはそんなに甘くはないのです。
posted by 芝山遼太郎 at 23:08 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大勢の村人と楽しいパーティ(毎日やるわけない)

大勢の村人と楽しいパーティ(毎日やるわけない)

 これもテレビでよく放送されるシーン。


 自家製野菜を使った料理が並べられ、普段仲良くしている家庭の人たちがそれぞれ酒や肴を持ち寄り楽しくもりあがるというあれです。

 少なくとも私の住んでいる場所(十分すぎる田舎ですが)では、家族全員が家を留守にして、近所の家へ行き、楽しく宴会をするという習慣はありません。

 普通に考えてもそんなこと頻繁にやるわけないし、あっても年に1〜2回というのが現実的に考えられる範囲だと思います。 

 何かの行事の後、宴席をもつということはよくありますが、それはお父さんたちお母さんたちというように、限られた人たちの会になります。

 たくさんの家族が集まったパーティはやろうと思えばできるでしょうが、テレビのようなことが日常的に行われているわけではありません。

posted by 芝山遼太郎 at 23:00 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

近所からたくさんのおすそわけ(あるわけないでしょう)

近所からたくさんのおすそわけ(あるわけないでしょう)

 テレビで時々田舎へ移住した人たちを取り上げた特集番組を放送しています。


 みていると、近所の農家からは野菜が毎日のように届けられ、漁師さんからはとれたての魚(それも高級魚が)が差し入れられる。だから食費は月3万円ですみますという内容で「田舎は人情があっていいなあ」と思ってしまいます。

 しかし、はっきりいってそんなことはありえません。

 たまたま、テレビの取材が入ったと聞けば、そりゃ近所からたくさんの野菜や魚が届けられるということはあるでしょう。でも、それっきりです。


 時々野菜が届くとしたら、それと同じくらい、あるいはそれ以上にこちらから何かを届けているはずです。



「畑にはたくさんの野菜があるのだから、一個や二個届けてくれたってどうということはないじゃないか」「魚が大きなトラック何台も獲れたのだから、2〜3匹ぐらい」と思いがちです。

 でも、それを作っている人や獲ってくる人は命をつなぐ生活の糧なわけです。「少しくらいいいじゃないか」と思うならば、自分に置き換えてみて下さい。自分や会社が生産販売しているものを、「少しだから無料であげてもいいや」とは思わないでしょう。


 近所のつきあいを円滑におこなうためにも、珍しいものが手に入ったら、おすそわけをする。そうすることで相手からも返ってくる。そういった生活のうるおいはほしいですけれどね。
posted by 芝山遼太郎 at 21:20 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

理詰めでしゃべるな。情が先

理詰めでしゃべるな。情が先

 田舎暮らしにあこがれて都市部から田舎に来ると、不合理なことがたくさん目につきます。「これはおかしい」「それはこうではないか」ということがあるものです。


 しかし、長い伝統と歴史というだけで、みんながそう思いながら、あいも変わらず続いているということがあります。それを「なぜ」と問い詰めても答えは出ません。

 世の中そういうことが多く、確かに理論的にはその通りで反論の余地はないのですけれども、それだけでは割り切れない「情」の部分を認めないと、人間関係は円滑に動いて行きません。(それができない人もいますが)

 反面、あまり情ばかりが先行すると世の中の規則や規律があいまいになりますが、要は相手を思いやる気持ちをもてるかどうかです。

 特に、田舎の組織はきちんと明文化されている訳ではなく、慣習やしきたりがものを言うことが多くあります。

 皆、自分の意見は正しいと思っています。お互いそれぞれに言い分はあります。不合理だと思うことでも、それで社会が動いているわけです。


 言うべきことはきちんと言うということは大切ですが、それ以外は理論的におかしいから認めないというのでは社会は成り立ちません。

 妥協するのではなく、かといって自分の意見を通すのではなく、大人の生き方をしてほしいものです。
(不正や法律違反には断固とした態度で)
posted by 芝山遼太郎 at 14:08 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新興宗教勧誘の甘い罠

新興宗教勧誘の甘い罠

 農村の人たちは新興宗教を嫌います。長年にわたって伝統的な宗教である仏教(天台宗や真言宗など)を生活の基本とし、産土の神や神社を崇拝し、様々な行事を行ってきました。
 ですから、農村の人に勧誘されることはありません。(稀にはありますが)

 都市の近郊にある農村では、小規模の住宅団地やアパートがたくさんでき、都市への通勤者が移住してきた地区が多くあります。そういう地区では特に気をつける必要があります。

 はじめてきた土地で知り合いもなく、何も様子のわからない家をターゲットに勧誘のワナはやってきます。

 親切に話し相手になったり、困ったことで相談にのったりして家族ぐるみで仲良くなると、勧誘が始まります。

 集会に誘われ、大勢の前で紹介され、みんなと友達になり(みんないい人ですから)
いつのまにかメンバーになっているというわけです。

 新興宗教だから何が悪いということはありませんが、自分にその気がなかったのにいわゆる「洗脳」されていつのまにか信者になっていたというのは、決して本意ではないでしょうから。

posted by 芝山遼太郎 at 14:06 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

よそ者扱いは3代続く

よそ者扱いは3代続く

 水田のある地域というのは、古くからある村が多いようです。

 弥生時代とは言わないまでも、数百年の歴史は普通であり、10代、20代続いている家もそう珍しくもないようです。

 その一族が近所に分家して形成された集落も多く、70軒ある地区の苗字が4つしかないことだってあります。

 江戸っ子は3代といいますが、先代、先先代が始めた家は決して旧家ではないのです。10年位前にその地に入って住み着いた人は、なじんで地区の住民と本当に認められるのには100年くらいはかかるのです。

 まして、戦後に(太平洋戦争)入ってきた人は60年以上たっているのによそ者扱いで、神社やお寺の総代(役員)など最初から対象外です。

 別にあからさまに差別されることはありませんが、目立ちすぎると「最近来たばかりなのに(60年でも)」という認識は自然にもたれるのです。

posted by 芝山遼太郎 at 14:03 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

理屈なし。革新的なことは言うな

理屈なし。革新的なことは言うな

 田舎というところは、ほとんど例外なく保守的な考えがまかり通り、極端な変化をきらいます。100年一日のごとく同じことが連綿と続けられています。

 政治の面をみても、町議会の議員構成は9〜10割が保守系無所属であり自民党支持者です。もちろん住民もそうであり、農地を持っているいる人は全て農林族議員の支持者です。

 ごくまれに、宗教団体を母体とした政党や、かつての小作争議を応援した革新政党の流れをくむ議員もいますが、過疎化に悩む地域では、当選できる票を確保できるまでの支持者数がなく、また、投票所にいく足のない老人が増え、投票率は伸び悩みです。

 新興住宅地やサラリーマン世帯を多く抱えた市町村はこの限りではなく、様々な価値観を持った人がいます。

 昔ながらの農村地域では、反体制的なことや町政批判をすると、正しいとか正しくないとかではなく集中攻撃を受ける場合があります。

 お上の(実態はない)いうことには逆らわないというDNAが生きているのかもしれません。

 オンブズマン組織などあろうはずもなく、公金の使途など不明瞭なことが多いのも事実です。
posted by 芝山遼太郎 at 10:35 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

肩書きなんか通用しない

肩書きなんか通用しない

 数年前、私の町で町長選挙があり、この町出身の県農林部長を定年で辞めた人が立候補しました。ほかに現職町長と新人の計3名による選挙戦となりました。結果は、現職の町長が再選されました。

 元県の農林部長の落選を決定付けたのは立候補表明の演説の一言でした。「町政は行政のプロにお任せください。」

 今までの肩書きを前面に打ち出した演説が、地元の問題点や懸案事項に全く触れず、「とにかくプロの自分にまかせておけばいいんだ。」という、聞くほうにしてみれば、田舎をなめたものととらえられたのです。

 たしかに、行政手腕はあるだろうし、県庁との太いパイプがあるにもかかわらず、落選の憂き目にあったのです。

 町民と同じ目線で、同じ悩みや問題を共有し、ともにがんばりましょうという連帯感がなければ、田舎では受け入れられないということになります。

 何も言わなくとも、にじみ出る品格と教養。もの静かなしぐさ、じぶんで言わなくともどういう人物かは自然にわかるものです。そして、どこからか「あの人は、元県のえらいお役人だってよ。」ということが聞こえてくると、尊敬のまなざしにかわるものです。

 これは何も田舎に限ったことではないですよね。
posted by 芝山遼太郎 at 10:19 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なぜ払うの。集会所の使用料や墓地管理費

なぜ払うの。集会所の使用料や墓地管理費

 3年前に私の村に移住してきた鈴木さんが憤懣やるかたない顔で怒っていました。「昨日、区長さんがきて、集会所の使用料として10万円支払ってくれって言うのよ。どうして払わなきゃいけないのよ。」というのです。

 確かに、会合や集まりがあれば集会所を利用していますが、公共の建物をみんなで利用しているだけでお金を支払わなければならないということが腑に落ちないようでした。

 しかし、集会所の使用料を支払ってくれという区長さんの言い分には理由があるのです。

 かつてその集会所を建設するにあたって、市町の補助はあったでしょうが、ほとんどの建設費を住民が寄付として一戸あたり20万円位は支払ったんでしょうね。

 移住してきてすぐに言わなかったのは、そのときの区長さんが遠慮したか、言い出しにくかったんでしょうね。

 また、田舎の墓地は共同墓地の場合が多く、格安で(ただ同然の値段で)購入できることが多いのです。

 ただ、墓石を購入するとなると、数十万円からちょっと見栄えがするようだと2〜3百万円にはなりますが。

 共同管理の墓地ですので、水道代や清掃管理のため年間数千円の墓地管理費が集められます。

 何だかんだと、田舎暮らしでも結構お金がかかるものです。
posted by 芝山遼太郎 at 23:00 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

納税組合って知ってますか?

納税組合って知ってますか?

 サラリーマンは、全て税金は給料から天引きですから「税金」を目で見たり手で触ることはありません。
 納税組合とは、農業など自営業の人たちの固定資産税や国民保険税、軽自動車税などを、本来役所が行う徴税業務を行う組合です。

 近所の人が納期になると集めにきますので、なかなか「お金がないから」とはいえませんから納税率はほぼ100パーセントになります。年間完全納税をした組合には、報奨金がでます(毎年減らされ近年は微々たるものですが。)。

 役所もうまいことを考えたものです。戦前の隣組を思わせる組織ですが。

 かつては、その報奨金で旅行にいったりしたものです。

 ただこの時代、それを集金に回る人に、重要な個人情報である個人の税金を知られるというのは保護条例にも抵触しかねないので(いや、している)ので早急に改善しなければならなくなってしまいました。
 いまは、銀行振り込みになり、名前を残すのみという地区がほとんどです。
posted by 芝山遼太郎 at 22:19 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

家や年齢の順で回ってくる役員の数々

家や年齢の順で回ってくる役員の数々

 班長(組長)、農家組合の役員、地域会など家の順番に回ってくる役員や、区長、消防団、若妻会、老人会、子ども会役員など年齢の順に回ってくる役員があります。

 また、葬儀関係の役や手伝いなど、地区によっては様々な係りがあり、昔からの相互扶助の形が今に続いているものもあります。

 ただ、これらの役員は単純に家や年齢順ということではなく、その家の事情や状態によって免除されることもあります。区長など重要な役は男性優先という面も多少あり、相応の男性がいない家は免除されるし、病人や不幸のあった家も考慮されます。できる時がきたらやってもらいましょうという、助け合いの形がここでも生きています。

 ただ、できるのに理由をつけて避けるのは、人間性が問われます。

 また、神社や公民館のそうじもグループごとに回ってきます。

 このような奉仕作業にきちんと参加することが、地域に溶け込む一番の近道です。
posted by 芝山遼太郎 at 21:46 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

田舎デビューで嫌われるタイプ

田舎デビューで嫌われるタイプ

 田舎暮らしを始めた人が、女性の反感を買ったり、男性同士でぶつかりあうことがあります。

 都会でプライドをもって働いてきた人が、田舎暮らしを始めたからといって、急にただのおやじになることは難しいものです。

 会社では、我慢してでも付き合ってくれるのが普通ですが、田舎社会では、いやな人と思われれば、誰にも相手にされなくなってしまいます。

 地域にうまく溶け込んでいくポイントは
・知ったかぶりや、教えてやるといった考えを捨てること。求められているのは指導者ではなく友達です。
・人の話はさえぎらず、最後まで聞くこと。です。

 「頭ごなしに言い過ぎる」と女性たちが反発し、打ち解けるのに3年かかった人もいます。女性は地域の先輩。意見を尊重しないとうまくいきません。

 中高年の男性同士は、一度ぶつかったら決別しやすものです。でも「これから嫌なことを言う。あとで一緒に飲みに行ってくれ」と口説いて仲間が集まったケースもあるそうです。時間がかかって当たり前。相手を避けないことが大切です。


2007年5月30日朝日新聞生活欄「オトコの老い支度B」を参考にしました。
posted by 芝山遼太郎 at 21:23 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

未だに残る身分差別

未だに残る身分差別

 「まさか士農工商の身分制度が残っているのではないのでしょうね」「いやご心配なく。いまどきそんなのあるわけないじゃないですか」・・・・・・・・という会話を期待してました。?

 実はあるのです。100年前の上下関係が未だに残っているのです。
 それが表立って出てくることはありませんが、意識のどこかにのこっているのです。地主と小作人。雇い人。古くから住んでいて、田んぼを持っている人と戦後(古い言葉か?)入植して畑を開墾した人たち。土地を持っている人とそうでない人。新しく来た人でも身元の知れたものとそうでない者。それぞれあからさまな差別はありませんが、意識のどこかにあります。

 今の世の中、生活程度にそれほど差がなくなり、みんな中流になりましたが、伝統的な役柄を選出するときは(神社や寺の総代など)やはりそういうことが影響してきます。さすがに今は、結婚や就職には影響はないようですが。

 今はそういったカビの生えた上流身分より、お金のたくさんある羽振りのいい人が幅をきかすというのは日本全国共通ではありましょうが。
posted by 芝山遼太郎 at 21:23 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自治消防団への参加と消防費

自治消防団への参加と消防費

 江戸火消しのようなはっぴを着た自治消防団をご存知でしょうか。市町村の総務部(課)の管轄下で、消防自動車や防火水槽等が市町村の負担で設置されています。
 
 各地区毎にそれらの施設設備が配置されており、防火活動や初期消火の任にあたります。団員は地域の人たちがで構成され、訓練や火災時には出動します。
 消防署とは別の組織で地域住民だけで組織されています。田舎では20代から30歳くらいまでの青年が参加することが半ば義務になっています。

 農業や自営業の人たちが中心になって編成されますが、地域によっては会社員や公務員も参加する場合があります。

 消防団に参加して、はじめて一人前の男と見る向きもあり、入団を拒否したり参加を渋ると「消防もできないのか」といわれ、肩身の狭い思いをすることになります。これくらいしないと、消防団という組織を維持できないからなのでしょう。

 はじめて、田舎暮らしを経験した人は「消防署があるのになぜそんな組織が別にあるのか」と不満も出るわけですが、ここで、社会の常識や地域の団結力、協力性等が養われることも無視出来ません。

 また、万が一火災が発生した場合でも、地域の水まわりやそれぞれの家を良く知っている人たちがいち早く駆けつけますので、初期段階で消火が可能なのです。

 市町村からの補助と、地域からの消防費の集金で運営されており、各戸から年額5000円程度集めます。それらはほとんど団員の飲食費にあてられます。

 冬の夜など、毎日夜警をしたり巡回をしてくれますので、それぐらいの負担は仕方のないところです。

 都会から来た人は、その趣旨が理解できず、たまにトラブルになることがあります。
posted by 芝山遼太郎 at 21:42 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

集金はされても会計報告はなし

集金はされても会計報告はなし

 地区の自治会費や懇親会費など、田舎の自治組織を維持するために会費が集められます。

 また、市町村からの補助金等もありますので、役員や会計係りが決められます。ほとんど家の順番で決められており、特別の事情がない限りやらざるをえません。

 地区の総会の時に、会計簿が回覧されるのはまだ良いほうで、ほとんどの場合監査も会計報告もありません。お金に関しては細かなことは言わないのが原則です。

 使途はほとんど役員会の飲食費です。地区の役員はボランティアです。若干、役員手当てとして市町村から支給されますが、現金というのは少なく、慰安旅行の補助になったり、現金の場合は、源泉徴収で税金が差し引かれての支給になります。その上、サラリーマンだと翌年確定申告をしなければなりません。
 金銭的なメリットはほとんどありません。

 そこで、役員さんの慰労にと飲食位はみんなで負担しようというのかもしれません。順番でまわってくるのですから。長年の慣習も分からないではありません。

 あまり、地区会費の使途を深く追求しないほうが賢明です。ただ、これからは金銭についてはきちんとしなければならない時代にはなっています。

 世代交代や、意識改革で田舎といえども変わっていかざるをえないようです。
posted by 芝山遼太郎 at 21:13 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

脅威の情報伝達網

脅威の情報伝達網

 集落の中で起きた大きな事件(交通事故や救急車で運ばれた人が出た等)はもちろんのこと、○○さんの家の猫が死んだことなどどうでもいいような事件まで、情報はその日のうちに知れ渡ります。

 また、個人の家でおきたことも同様に(○○さんの家の娘ができちゃった結婚するとか、××さんの家では息子が高校受験に失敗したとか)数日のうちに伝わります。

 良いことより悪いことのほうが、正確に早く伝わるのはどの社会でも同じですが。
 あの人がそんなことまで知っているのかと驚かされることもあります。バラエティ番組を見ている年寄りが多いせいか、芸能情報だって若者顔負けです。

 伝達の方法は、老人が孫のベビーカーを押しながらうわさをばらまいていくとか「ねえねえ知っている、誰にも言わないで」で伝わっていくケースなど昔からのオーソドックスなアナログ手段が多いようです。

 それでどうということはないのですが、みんなが同じ情報を共有することで、共同社会が安定するらしいのです。
 その反面、大事な連絡はなかなか伝わらないというのも困ったものです。

 
posted by 芝山遼太郎 at 13:30 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

我が家への訪問者は全てチェック済み

我が家への訪問者は全てチェック済み

  佐藤さんはある日お隣のおばあさんに「昨日、見たことのない女の人がきてましたね。」と言われ、びっくりしてしまいました。確かに昨日、中学校時代の友達が訪ねてきていました。田舎暮らしを始めたことを聞いて、久しぶりに会いに来てくれたのでした。
 このように郵便配達の人や農協の人など普段訪ねてくる人を含め、どのような人がどこの家に来たかほとんど知られています。

 見たことのない自動車が入ってきても同じであり、全て知られているということに煩わしいと感じる人(特に若い人たち)は多いと思います。

 また家を出るときも、誰とどの方向へ行ったか誰かが見ています。いつもの出勤コースを用事があって変えると「この間、いつもと違う方向にいきましたね。」と言われることもあります。

 もちろん、全て善意であり他意はありません。むしろこのような煩わしい行為が、防犯上たいへん有効に機能しています。
 見たことのない人や不審な車が集落を徘徊していると、たくさんの目が光っており、そう簡単に空き巣など入りようがないのです。留守でも鍵をかけない家が多いのも、ちゃんとした裏づけがあるのです。 登下校の子供たちも集落の中では、たくさんの目に守られているのです。
posted by 芝山遼太郎 at 13:09 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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