理詰めでしゃべるな。情が先

理詰めでしゃべるな。情が先

 田舎暮らしにあこがれて都市部から田舎に来ると、不合理なことがたくさん目につきます。「これはおかしい」「それはこうではないか」ということがあるものです。


 しかし、長い伝統と歴史というだけで、みんながそう思いながら、あいも変わらず続いているということがあります。それを「なぜ」と問い詰めても答えは出ません。

 世の中そういうことが多く、確かに理論的にはその通りで反論の余地はないのですけれども、それだけでは割り切れない「情」の部分を認めないと、人間関係は円滑に動いて行きません。(それができない人もいますが)

 反面、あまり情ばかりが先行すると世の中の規則や規律があいまいになりますが、要は相手を思いやる気持ちをもてるかどうかです。

 特に、田舎の組織はきちんと明文化されている訳ではなく、慣習やしきたりがものを言うことが多くあります。

 皆、自分の意見は正しいと思っています。お互いそれぞれに言い分はあります。不合理だと思うことでも、それで社会が動いているわけです。


 言うべきことはきちんと言うということは大切ですが、それ以外は理論的におかしいから認めないというのでは社会は成り立ちません。

 妥協するのではなく、かといって自分の意見を通すのではなく、大人の生き方をしてほしいものです。
(不正や法律違反には断固とした態度で)
posted by 芝山遼太郎 at 14:08 | 田舎生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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